タルコフスキーのこと

 ブルーレイディスクタルコフスキー「鏡」のソフトを買ったけれど収録音源は吹き替えなしモノラルのみだったと友人がツイートをしていた。
 そういえば僕が持っているタルコフスキーサウンドトラックCDもモノラル音源だった。
 そんなやりとりをきっかけにタルコフスキー映画の話題でもりあがる。

 僕は高校生の頃にレンタルビデオタルコフスキー「鏡」を初めて観た。映像の断片にいちいち興奮して、気に入った物や瞬間を片端からノートに言葉や略図で書き記していったのを思い出す。

…机に置いた紅茶のカップを持ち上げると机の上に丸く湯気の跡が残って次第に消えてゆく。
…少年が着ていた首の後ろにもボタンがついているボタンダウンシャツ。
…工場の廊下を歩く若い母の背景の電灯のまわりにできる光学的な後光。
…草原を円形に吹き分ける風。
 「鏡」の映像の記憶を思い出すままにいくつかあげてみたものの、いずれも些細なとりとめのない場面である。

 あの頃はたしかリブロポートから『「鏡」の本』が刊行されたばかりだったはずだ。新刊書店で立ち読みしたけど結局買わなかった。当時の感覚ではすごく高い本でたじろいだんだと思う。それからその書店に1冊だけ置いてあった『「鏡」の本』には、カバーに空けられた窓の隅に小さな破れがあって購入の機を逸したのだと記憶がよみがえる。

 そんなことを思い出しながら、久しぶりに「鏡」と「ストーカー」、そして「ソラリス」のサウンドトラックを通して聞いていた。3作とも音楽担当はエドゥアルド・アルテミエフ。ことに「ソラリス」の映画音楽は物凄い作品である。
 「ソラリス」の音楽というと、空中浮遊シーンでバッハのコラール前奏曲が流れるだけのように思われるかもしれない。しかし着陸カプセルが大気圏に突入するシュパシュパした音も宇宙ステーション内に鳴り響くゴウゴウした音も実は音楽。いやむしろそれが音楽の核心である。サウンドトラックをくりかえし聴いているうちに、これまではただの効果音としか聞こえていなかった惑星ソラリス上で聞こえる音は全て、どうやらあの空中浮遊シーンで流れるバッハただ1曲をシンセサイザーで極端に加工して生成されたものらしい。
 エドゥアルド・アルテミエフタルコフスキーの「ソラリス」の映画音楽において、1つの主題を多様に変化させる変奏曲という古典的な手法を光学式シンセサイザーに適用し、ソラリスの海が人間の記憶の核を勝手に読みとり何度も飽くことなく物質化してみせる、という魅力的な原作の設定を音で表現してみせたのだろう。

 そういえばここ数年タルコフスキーの映画を観返していなかったことを思い出す。

鏡 Blu-ray

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