肥えた土地

 若手作家11人によるグループ展「肥えた土地」に出展している遠藤俊治さんよりお誘いを受け、藤沢の友人とともにオープニングに訪問する。

 遠藤さんは「ジャングルジム、すべり台、エコキュート」「お砂場ダンプカー」「かまくら」の油彩作品3点を出展。
 遠藤さんの作風は、日常の何気ないディティールを写真に撮って、それを格別巧くもなくことさら下手にも描かない「小学校の図画工作的な」油彩作品に仕上げるというもの。

「肥えた土地」展は、3331アーツチヨダ内2階、アキバタマビ21にて9月4日まで開催中。
(火曜休館・8/13-16はお盆休み)
・アキバタマビ21ホームページ http://www.akibatamabi21.com

 若い人たちの熱気に引きよせられる感じで、図々しくも二次会にまでお邪魔する。
「絵画らしく、漫画らしく、写真らしく、なんて既成の枠組みに自分を収めようとしちゃいけない。自分だけの枠組みを作り出して見せてほしい。少なくとも美術にはそうした自由を受け入れるだけの懐の深さがあるのだから。」
 同席されたH教授の熱弁に、はぐれもの三人組は喝を入れていただく。


 遠藤さんの作品を見ていると、日常を表現の題材とする意義やら、「今日のようにまた明日がある」神話の崩壊やら、「確かなもの」が「実社会」から「哲学・数学」へと転回しつつある世相のことなどが、あれこれ頭をよぎって、発想のヒントになる。
 さて遠藤さんは、ここからさらに技法を洗練させるなのべきか否か、他の作品との差別化は図られているのか、美術家としてのセルフプロデュースはどうするか、などといった具体的な技術の問題については、僕は判断がつかない。
 それでも僕自身の日常的な習慣である、スナップショット写真との近しさと違いという接点を照らし出してくれて、興味のつきない作家であり友人でもある。

 試みに作家・遠藤俊治を批評の題材として考えるならば、どうだろう。
 写真撮影[自動的に与えられた細部]→描画行為[時間をかけての身体化]→「図」となりうる物語の想像[遠藤は別名義で漫画も書いている]という、一風変わったサイクルを確立していること。
 図と地の関係で言えば地の方の、「背景」のほうに興味を持っているが、その「背景」という地をより引き立たせるために、図としての「物語」や「キャラクター」もときとして必要とされるのを自覚していること。
 そんな2つの観点が思い浮かぶ。