特性のない男

 ムージル『特性のない男』(松籟社版「ムージル著作集」)の、はじめの二巻を丸善で購入。

 あらすじ、時代背景、キャラ造形、ボルヘス「会議」、新世紀エヴァンゲリオンラノベ(オタク、ニートセカイ系妹萌え…)、洗練を極めすぎた文化の黄昏、旧帝政期末ウィーン文化の迷宮、混迷期の神秘主義への傾倒、大戦間文化、スポーツ的直観体験の身体論(僕の場合は写真撮影行為)、パランプセスト(重ね書きの羊皮紙)、等々。
 手近に使える解読格子をできるだけ、幾重にも張り巡らしておいて、覚悟の上での新刊購入。

 コチコチに身構えつつ読みはじめると、文章そのものが綺麗で意外に読みやすい。
 感情の泥沼に即物的な科学的描写をインサートする語り口も、ドキュメンタリー映像っぽくて受け入れられる。
 全体としては長大な作品ながら、短い章割りも手伝って、数章ずつぼちぼちと、日々書き加えられるエッセイブログみたく読めそうな感じもする。

 単語の連結による長大名詞を活用しうるドイツ語文芸にとって、即物描写は得意とするところだろうか。
 名詞は全て大文字で綴り始める、という視覚的な文法規則が日本語では使えないから、訳文では読点(、)を多用して、その文脈の入り組み具合をできるだけ交通整理している。

 そういえば、田中長徳がカメラの取扱説明書はドイツ語で読むのが一番わかりやすいと書いていたっけ。
 日本語で読むのが一番わかりづらく、英語はその中間とも。

 あらすじも先におさえてあるし、未完であるというのもこの場合うまく働いてくれそうだ。
 エヴァンゲリオンも現在進行形で(複数の終劇案が提示されつつ)未完のまま開かれた作品であることだし。
 結末を読者が考えるというやり方にも馴染んできている。
 これはボルヘス館長のおかげである。

ムージル著作集 第1巻 特性のない男 1

ムージル著作集 第1巻 特性のない男 1

 日没時の光学現象。
 西方の入道雲越しの西日によって、放射状に染め分けられた夕空。
 雲の端がプリズムの効果を生じさせているのだろうか、彩られた境界線。